初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。―― …この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。―― …あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。

ヨハネの手紙1章1~3節 新共同訳

この章についての考察

新約聖書には、4つの福音書があります。その中で、マタイ・マルコ・ルカは「共観福音書」と呼ばれ、富士山を三方向から捉えることで正確に表現できるのと同様に、地上を歩まれ語られた主イエスの言葉と行動をそれぞれの立場から伝え、イエス・キリストをあらわしています。一方、ヨハネによる福音書は、富士山(主イエス)の中に入り”そこにある命”をより詳しく伝えようとした福音書となりました。

そのヨハネが書いた手紙も、外面的、実生活の規範というよりは、むしろ神の子となった者の内面を取り扱っています。彼の伝えたい内面とは、「命とは、父なる神と御子イエスとの交わりの中に入って生きること。その結果、私たち兄弟姉妹も真実に愛し合って生きることが出来る」、とのメッセージです。

聖書日課

「ヨハネの手紙」は、まだ聖書日課では扱われていません。扱われ次第、アップしいていきますので、お楽しみにしていてください。

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